影に囁く者

夜の静けさが、かえって心をざわつかせる。一軒の古い民家が、月明かりに照らされながらも、その暗い窓からは何も見えない。僕は、この家についての奇妙な噂を聞き、その秘密を暴くために、カメラを手に入れた。心臓の鼓動が耳に響く中、扉を開ける勇気を振り絞る。
家の中は、期待していたよりもさらに荒れ果てていた。壁は剥げ、床はギシギシと音を立てる。それでも前に進む。リビングに入ると、突然、冷たい風が通り抜けた。息を呑むと、カメラを構えた。何も映らない。しかし、その時、僕の耳に、かすかなささやきが聞こえた。
「帰れ…」
声は、どこからともなく聞こえる。しかし、その警告を無視し、僕はさらに奥へと進んだ。階段を上がる足取りは重く、各ステップで心臓の鼓動が高まる。2階の廊下を進むと、突然、カメラが自動的に動き始め、暗闇の中、何かを捉えようとする。
その瞬間、画面には不明瞭な形が映し出された。形は人間のそれと似て非なるもの。それは、ゆっくりとこちらに向かってくる。恐怖で凍りつくが、その姿は突然消えた。逃げようと振り返ると、背後には何もいない。しかし、その時、カメラが再び動き出し、画面には明らかに人の顔が映っていた。顔は歪み、苦痛に満ちている。
僕はその場から逃げ出した。家を飛び出し、息を切らせながらも振り返ることなく走り続けた。安全な場所に着くまで、心臓の鼓動は落ち着かなかった。
後日、勇気を出して撮影した映像を再生したが、そこに映っていたのはただの空間、そして僕の恐怖に歪む顔だけだった。しかし、その映像の一角に、かすかに人の形をした影が映っていることに、後で気づいた。影は、カメラを見つめ、まるで警告しているかのように、静かに、しかし明確に、「二度と来るな」と囁いているようだった。
その家に関する噂は、この体験後、ますます人々の間で囁かれるようになった。しかし僕は、もう二度とその家の近くを通ることはなかった。撮影した映像は、あの夜、何かが本当にそこに存在した証拠なのかもしれない。しかし、それ以上の真実を知る勇気は、もう僕にはない。